2010年4月5日月曜日

サムケ



深い深い水の中にいて
上を見上げると揺らぐ光の中に水面がみえる。
足下はといえばまっくろな液体の中に消えて
どれだけ深いのかもわからない。

えー、ただいまそんな状態です。
終わるんでしょうか終わるんでしょうか。
交信おわり。

あ、竹書房から今度でるあたらしいマンガ雑誌で
仕事させていただきましたよ。
竹書房のサイトの刊行予定の中にひっそりとタイトルが
載っておりますね。
「サムケ」という雑誌です。
おぼえやすい。
5月発売。

2010年4月2日金曜日

強風だった。



なんつーかすごい風だった、きのうの夜。
家のそばのけやきがざぞざぞざぞざぞざぞぞぞぞぞーーっ
と海のような音をたてるのです。
海の家。
連日シゴト中。
友達の誘いもすべて断り、泣く泣く格闘技のチケットを
無駄にし、寝る食べる以外はぜんぶいい加減にすませて
ネットも必要最低限にしてる状態ですが
意外と苦にはならない自分でよかったです。
しかし読んでない本ばかりが増えていくのがつらい。

2010年3月27日土曜日

今日はK-1 MAXがあるよ。



も ちろん会場である、さいたまスーパーアリーナに
駆けつけます!
心だけ!
うわーん!
カラダは机の前から動きませんので、関 係者各位は
ご安心ください。

つーかTBSはあいかわらずだ。
春の二大格闘技祭りとかいって亀田と抱き合わせで
K-1 MAXを放送だ。
亀田の前座扱いなんである。
魔沙斗が引退したからこそ、コンテンツとして
育てる!とかの気合いが皆無なんであ る。
いやまあ亀田だけでももう世間で視聴率はとれないと
踏んでの事なんだろうが、考えの底が浅いというか
共倒れというか、安売り にしかみえず
結局世間には届かないダサいパッケージにしてしまうところが
TBSなんであります。

せめてペイパービューで 全試合CSで生中継!とか
ネットや携帯で有料配信とかさ、すればいいのに
と思うがそれもないのであります。
しかも今まではそれで も衛星のTBSチャンネルで
一ヶ月遅れとはいえ完全版を放送してくれてたのが
とりあえず今月も来月も予定に載ってないので
不安で いっぱいなんであります。

とはいえ選手たちは自分のために
カラダを削ってリングにあがるわけなので
応援し続けていきた い。
今日は残念ながら机の前から、しょぼい地上波を
観ながら声援送ります。

2010年3月26日金曜日

まちがえてた。



3巻のカバーをアップしていたのであった。。。
ぼけている。

今日は祖父の十三回忌なのであった。
じいちゃんげんきか(天国で)
孫は〆切に追われております。

人生はちびしい。



もろもろきびしい状況ですが気合いをいれ て が んば 
ります。
また日本脱出したい。

2010年3月21日日曜日

リーンの翼と餓狼伝と仮面ライダーWと



眠気覚ましに最近の仕事のご紹介を。

富野さんの小説「リーンの翼」のカバー描かせていただきました。
小説というより、大説に近い。
「ダンバイン」の世界につながるものではあるけど
むしろ人間を強く描こうとする内容なので
ファンタジー色は抑え目でいこうと担当と決めてできた。
1冊でも分厚いのに4巻ある。
セット購入するとボックスにはいってくる仕様で
その存在感が重い。重いなこれ!
富野さんが自宅に鎮座してるカンジです。
4巻を並べると1枚のつながりになる絵になっております。
毎日1巻づつ載せてみよっと。

あともう出ちゃってるけど夢枕獏「餓狼伝」文庫全巻が
カバーを新装にして発売中。
14巻分まとめて描いた。
この機会に読み直して血をたぎらせてください。

毎週日曜朝8時からの仮面ライダーWの怪人デザインも
そろそろ佳境に差しかかりつつありますね。
時間がある時は大抵次の怪人(ドーパント)のことを
考えております。考えすぎていつも東映や
造形チームから「はやく出せ!」と叱られて
慌てて描いて渡すというプロセスを踏んでおります。
も、もうしばらくお待ちくださいっ!

W本編自体もおもしろい。
毎週ただの視聴者になってテレビの前にいます。
「おまえの〆切の数を数えろ!」とかの幻聴が
聴こえてきます。

あとはカバー担当の徳間のSF季刊誌「SFjapan」が
でてますでてます。
来月発売のコミックリュウにマンガ描いてます。
青少年は読まないほうがいい暴力的な内容なので
よろしく。

ギアナ高地から戻ってきてこっち、仕事に
火がついてます。
ひたすら仕事してみようと思っております。

2010年3月20日土曜日

感情だけが脳を支配してると。

おなじみ東京都のアレです。
青少年のアレ。
反対する人が危機感を抱く過程がここで
まとめられてますね。

しかし大葉ナナコさんの意見が凄すぎるなー。

そしてこういったまとめサイトそのものも
まとめる側の思想や思惑で恣意的に構成できるってことを
忘れてはいけないと思います。
まとめる人の意見も織り交ぜつつだしね。
そのあたりに注意して、だいたいの流れは
しかし、ここで判ると思います。

いざとなったら人間はどうぶつだからして
感情が理性をかろやかに無視しがちですよ。
だからこそ豊かにもなるし怖くもある。
すべての物事が裏表の両面でできているということを
子供の頃に教えてもらえないまま育ってしまったら
潔癖なだけ、とか
動物的なだけ、とかの極端な視点しか
手に入れられないままオトナの年齢になっちゃったらと
考えると怖い。

極端な視点は不寛容を生むのであって
不寛容は反対意見や自分の感情に相いれないものを
排除する方向に簡単にいきますからね。
にんげんの歴史はずーっっっっっとそう。
もちろんオレの中にもそれは強くあって
つねに自覚をしているところです。

そうなると目的を達するための過程に方法とかの
整合性や正しさを追求しなくなります。
短絡的な過激さが、同調者の共感を得られるから。

でも人生っつーのは、そのほとんどが
過程なのであって、やり方の選択こそが
つまりは生き方なのであって
目的のために手段を選ばないってのは
さみしくて好きになれないのであります。
いや、それは自分が弱いのを知ってるので
好きになれない、とゆーよりは
怖いって感覚です。
短絡的に行動するほうがラクチンだったりするからです。